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東京地方裁判所 昭和49年(行ウ)151号 判決

東京都荒川区西尾久二丁目三七番八号

原告

有限会社 日の出商会

右代表者代表取締役

野口釜吉

右訴訟代理人弁護士

浅見精二

東京都荒川区西日暮里六丁目七番二号

被告

荒川税務署長

右指定代理人

伴義聖

石井寛忠

磯部喜久男

鳥居康弘

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1. 被告が昭和四七年五月三一日付で原告の同四三年三月一日から同四四年二月二八日までの事業年度、同四四年三月一日から同四五年二月二八日までの事業年度及び同四五年三月一日から同四六年二月二八日までの事業年度の法人税についてした各更正及び各重加算税賦課決定をいずれも取り消す。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二原告の請求原因

一  原告は、その肩書地においてパチンコ遊技場を経営する有限会社であるが、原告の昭和四三年三月一日から同四四年二月二八日までの事業年度(以下「第一事業年度」という。)、同四四年三月一日から同四五年二月二八日までの事業年度(以下「第二事業年度」という。)及び同四五年三月一日から同四六年二月二八日までの事業年度(以下「第三事業年度」という。)の法人税についてした各確定申告及びこれに対して被告のした各更正(以下「本件各更正」という。)並びに各重加算税賦課決定(以下「本件各決定」という。)の経緯は別表一記載のとおりである。

二  しかしながら、本件各更正は原告の所得金額を過大に認定した違法があり、したがつてこれを前提とした本件各決定も違法であるから、その取消しを求める。

第三請求原因に対する被告の認否及び主張

一  請求原因に対する被告の認否

請求原因一の事実は認めるが、同二の主張は争う。

二  被告の主張

1. 本件各更正は、次に述べるとおり適法である。

(一)  推計課税の必要性

被告係官中本止は、原告の本件各事業年度の法人税について昭和四七年二月二日調査を開始したが、以後の調査の結果は、次のとおりであった。

(1) 原告の経理内容は、原告の取締役であり、原告代表者の長男である野口和男の作成する日計表(売上高、仕入高、その他の経費の支払額及び現金残等を記入する現金出納帳に替わる帳表。以下同じ。)がすべての記帳の基礎となるものであるが、その日計表は、日々記入されておらず、売上高等をメモしておき、一か月分程度を後日まとめて作成されていた。

(2) 現金は、原告代表者野口釜吉がすべて管理しており、日計表との照合は全く行われておらず、作成されていた最終の日計表とメモを参考にして、調査当日現在の現金残高を照合したところ、帳簿残六四四、〇五〇円に対し、実際の現金有高は一九七、〇〇〇円で突合していなかった。

(3) 記帳の信憑性を確認することのできる原始記録は保存されておらず、景品交換日計表があるのみであった。

(4) 原告の取引金融機関である日興信用金庫尾久支店に、その入出金の状況等から原告に帰属すると認められる長岡清吉、西山邦夫及び長岡英雄名義の仮名預金が別表二記載のとおり発見された。

以上のとおり、原告には信頼すべき帳簿もなく、また日計表も日々記帳されておらず、現金残高が不突合であるなど信憑性がなく、しかも現金管理すら確実に行われておらず、原告に帰属すると認められる仮名預金が発見されるなど、原告の経理内容は極めて信憑性に欠けるものであり、原告に売上除外が想定されたが、この点につき原告から具体的説明を得られず、またパチンコ店の売上は、不特定多数の客による現金売上であり、反面調査により売上高を確認することも不可能であったので、法人税法第一三一条の規定に基づき、推計により売上高を算出したものである。

(二)  原告の所得金額の算定

被告は、原告と同様荒川税務署管内にパチンコ店を有し、原告(有人機一八〇台を有する。)と同様な営業規模であり、かつ収支計算により所得を算定しているなど原告の同業者と認められる法人について調査したところ、七店存在することが判明した。

そこで、これに基づき、右同業者の各年分の平均差益率を求めると、それぞれ別表三のとおり、昭和四四年中決算分二五・三パーセント、同四五年中決算分二五・八パーセント、同四六年中決算分二四・三パーセントとなる。

右平均差益率と原告の申告による売上原価を基に売上高を算定し、その余の金額はすべて原告の申告額により原告の本件各事業年度の所得金額を算定すると、別表四のとおり、第一事業年度八、〇六一、四九一円、第二事業年度一一、〇七二、二一四円、第三事業年度六、八五一、三三八円となり、本件各更正の課税標準は各事業年度とも右所得金額の範囲内である。

2 本件各決定について

原告が各事業年度ともに売上の一部を除外し、簿外に仮名預金をなし、利益の一部を脱漏した確定申告書を提出した行為は、国税通則法第六八条第一項に規定する国税の課税標準又は税額等の計算の基礎となるべき事実を隠ぺい又は仮装し、その隠ぺい又は仮装したところに基づき納税申告書を提出した行為に該当する。そこで被告は本件各決定をしたものである。

第四被告の主張に対する原告の認否及び反論

一  被告の主張に対する原告の認否

被告の主張1の(一)の事実のうち、原告の経理内容は、原告の取締役であり原告代表者の長男である野口和男の作成する日計表がすべての記帳の基礎となるものであること、(2)の事実、別表二記載の仮名預金が存在したこと、日計表と現金残高に不突合があつたこと、現金管理が確実に行われていなかったこと、右仮名預金の一部が原告に帰属することは認めるが、その余の事実は否認する。

同1の(二)の事実のうち、原告が有人機一八〇台を有すること、別表四記載の売上原価、販売費・一般管理費、営業外収益及び営業外費用がそれぞれ原告の申告に係る金額であることは認めるが、本件各事業年度の所得金額の推計額は否認する。その余の事実は知らない。

同2の事実のうち、原告がその一部原告に帰属すべき仮名預金を有していたことは認めるが、その余は争う。

二  原告の反論

1. 原告の経理状況と売上除外の不存在について

原告の日々の収支は、先ず野口和男による売上メーターの確認及び原告代表者の娘で、原告の取締役である野口みやによる売上現金の確認等を経て、野口和男が日計表を作成し、現金を金庫に収納し、以後の現金の管理はすべて代表者野口釜吉の専権に属しており、日計表の現金残高と実際の現金有高とは照合のしようのない手順仕組になっていたが、日計表の日々の売上高自体は野口和男が正確に記載していたのであるから、売上除外はあり得ない。

2. 仮名預金について

別表二記載の仮名預金は、原告と原告代表者個人の預金とを混入させたうえで原告の当座預金代わりに使っていたものであり、預入金は日計表上の売上の一部と借入金であり、払戻金は表経費の外に多額の裏経費や借入金の返済として支出されたものであり、売上除外をしてこれを隠ぺいする目的で右預金を設定したものではない。

3. 推計方法の不合理性について

原告創業当初は近隣に一〇店位の同業者がいたが、昭和三〇年代の過当競争のため、他店は次々と転廃業せざるをえなくなり、本件各事業年度頃には近隣の同業者は「ゆうらく」「大和」のみとなっていた。

原告は、右二店に比し客足の最も向きづらい立地条件にあり、店舗の外見的構造においても最も目立たない存在であり、店内も床、壁、天井、照明その他の造作もはるかに見劣りがするなど、原告の経営は右同業二店に比して極めて大きな不利な条件を背負つている。

原告が昭和三〇年代の過当競争に勝ち残り、右の不利な条件を克服して経営を維持し得てきたのは、他店以上に出玉率(売玉数に対する交換玉数の比率。以下同じ。)を高くし顧客へのサービスに徹したからであり、それは差益率の低下になって現れているが、この傾向は本件各事業年度の前後を通じて共通である。

よって原告の所得金額の算定に同業類似法人七店の平均差益率を用いることは、原告の不利な営業条件及び顧客サービスに徹した営業方針を無視した極めて合理性を欠く推計方式であり、本件各更正は違法である。

4. 別途利益の資産化について

被告は本件各事業年度を通じ原告に生じた別途利益六、九五七、九七〇円のうち仮名預金残の不足額五、六六八、〇七八円について原告より同代表者個人に対する貸付金として処理したが、原告とその代表者との間には右の如き金銭貸借は存在しないし、原告代表者には右金員の使途はない。

そして、計算上の利益が存するところ必ず現実の資産が存しなければならないから、資産化の裏付けのない本件各更正は違法である。

第五証拠関係

一  原告

1. 援用した証言

証人野口和男及び同林省三の各証言

2. 乙号証の成立の認否

乙号各証の成立(第三号証については原本の存在及び成立)は認める。ただし、第一ないし第三号証は被告係官中本止の強制により作成されたものである。

二  被告

1. 提出した書証

第一ないし第四号証及び第五号証の一ないし三

2. 援用した証言

証人中本止及び同松尾敏明の各証言

理由

一、請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで本件各更正に原告主張の違法があるかどうかについて判断する。

1. 推計課税の必要性

原告の経理内容は、原告の取締役であり原告代表者の長男である野口和男の作成する日計表がすべての記帳の基礎となるものであること、現金は原告代表者野口釜吉がすべて管理しており、日計表との照合は全く行われておらず、被告係官中本止が作成されていた最終の日計表とメモを参考にして調査当日現在の現金残高を照合したところ、帳簿残六四四、〇五〇円に対し実際の現金有高は一九七、〇〇〇円で突合していなかったこと、日興信用金庫尾久支店に別表二記載の仮名預金が存在し、その一部が原告に帰属すること、現金管理が確実に行われていなかったこと、以上の各事実は当事者間に争いがない。

そして、証人中本止及び同野口和男(後記採用しない部分を除く。)の各証言によれば、被告係官中本止は昭和四七年二月二日原告方に臨場して現況調査をしたところ、右調査日現在において日計表には昭和四六年一二月末日までしか記帳されておらず、野口和男は日計表の記帳整理を毎日せずに、一か月分位まとめて自宅で整理すると申述していたこと、原始記録としては仕入・経費についての領収書、出玉表、景品交換日計表があったが、出玉表の裏に毎日の売上高をメモしている程度で、他に売上の原始記録となるべきものはなく、しかも出玉表も昭和四六年一二月分までのものは廃棄して存在せず、以後の一か月分しか保存してなかったこと、前記仮名預金には原告の売上金が入金されていたが、原告側からは全部が売上の除外ではないという程度で、それ以上詳しい説明は得られなかったこと、以上の各事実を認めることができる。証人野口和男の証言のうち右認定に反する部分は前掲中本証人の証言と対比して採用することができず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

原告のようなパチンコ店の売上は、不特定多数の客による毎日の現金収入であるから、金銭出納に関する日計表が最も重要な帳簿であるというべきであるが、前記争いのない事実と右認定の事実によれば日計表の記帳は不完全であって現金有高との照合も全く行われておらず、調査当日に作成されていた日計表とメモを参考として現金有高と照合したところ突合していなかったというのであるから、右日計表は信用性に乏しいものといわなければならない。そうすると、本件各事業年度の所得金額を実額により算定することは到底不可能というべきであるから、被告が原告の売上高を推計により算定したことになんら違法はない。

原告は、日計表の売上高の記載は正確であって、売上除外は存在しないと主張するけれども、右主張の理由のないことは右に認定したとおりである。

2. 原告の所得金額の算定

原告の本件各事業年度の売上原価、販売費、一般管理費、営業外収益及び営業外費用の申告額が別表四記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。

成立に争いのない乙第四号証、第五号証の一ないし三及び証人松尾敏明の証言によれば、東京国税局長は、昭和五〇年三月一八日付で、荒川税務署管内でパチンコ遊技場を営む法人のうち昭和四四年中、同四五年中及び同四六年中にそれぞれ決算期が到来し、かつ収支計算によって所得を算定した者で(1)右三年間事業が継続している者(ただし、三年間の中途において、転業、休業及び業態の変更した者を除く。)、(2)パチンコ遊技場の経営を専業としている者(ただし、兼業業種を有する者であっても収支計算が、パチンコ部門と明確に区分されている者を含む。)、(3)パチンコ機械九〇台ないし三六〇台を有する者全員の右各年分の売上高、売上原価、売上総利益(各金額は該当法人の決算書又は決議書に基づき、それぞれ最終処理の金額を記載する。)を報告するよう求めたこと、右の調査結果によれば、右の条件に該当した法人は右各年分とも別表三の記号「A」ないし「G」に掲げる七店であり、その売上高、売上原価、売上総利益は同表の各欄記載のとおりであり、この中には不服申立てをし審理中のもの、訴訟係属中のものは含まれていないことが認められ、他の右認定に反する証拠はない。

右認定の事実によると、平均差益率算出の対象となった同業者は、原告(原告が有人機一八〇台を有することは当事者間に争いがない。)とほぼ営業規模を同じくし、原告と同様荒川税務署管内にパチンコ店を有する同業者であり、同業者の抽出基準に合理性があり、その抽出について恣意の介在する余地はなく、かつ、右の調査は該当法人の決算書又は決議書に基づき、それぞれ最終処理の金額が記載されたものであって、前示の特殊事情のある者は除かれているから、このような同業者の平均差益率は、一応の普遍性が担保されているというべきである。したがって、右同業者の平均差益率を基礎に原告の売上高を推計することは合理的というべきである。

原告は、同業者の平均差益率を原告に適用することは原告の不利な営業条件及び顧客サービスに徹した営業方針を無視したもので合理的でないと主張する。

しかしながら、同業者の平均値による推計である以上は、業者間に通常存在する程度の立地条件の差異は無視しうるというべきであり、また内装・外見の良否などについては、それが直ちに差益率を低下させる原因とは認め難いうえ、仮に右要因が差益率に影響するとしても、前記同業者の平均差益率の中に捨象されているというべきである。また、原告は他店以上に出玉率を高くしていた旨主張し、野口証人の証言中には右主張にそう供述もあるが、一方同証言によっても原告の出玉率と他のパチンコ店のそれとを比較した様子はうかがわれないから、右供述部分も採用し難く、その他にこれを裏付けるに足る証拠はない。他に右推計を不合理ならしめる特殊事情につき、主張立証はない。したがって、原告の右主張は理由がない。

そこで、前記の調査結果に基づき、各同業者の売上総利益を売上高で除して差益率を求める(少数第二位以下切り捨て)と別表三記載のとおりとなり(ただし、昭和四五年中決算分の「G」の差益率は二四・九パーセントとなる。)、さらにこれから平均差益率を求めると昭和四四年中決算分二五・五パーセント、同四五年中決算分二六・〇パーセント、同四六年中決算分二四・四パーセントとなる(被告主張の平均差益率の数値は同業者全員の売上総利益の合計額を売上高の合計額で除したものと認められるが、右計算方法では平均差益率を求められないので、採用しない。)

そして右平均差益率と前記本件各事業年度の売上原価を基に売上高を算定する(円未満切り捨て)と、第一事業年度七四、一三九、五〇四円、第二事業年度一〇三、八七二、七五九円、第三事業年度一一二、八九二、二八五円となり、これに前記原告の申告に係る本件各事業年度の販売費・一般管理費、営業外収益及び営業外費用の額から原告の本件各事業年度の所得金額を算定すると、第一事業年度八、二五九、九九〇円、第二事業年度一一、三五二、一九五円、第三事業年度七、〇〇〇、四六九円となる。そうすると、本件各更正の課税標準は、各事業年度とも右所得金額の範囲内であるから本件各更正につき、原告主張の違法はないというべきである。

なお、原告は、計算上の利益が存するところ必ず現実の資産が存しなければならないから資産化の裏付けのない本件各更正は違法であると主張するけれども、更正の取消訴訟においては更正の課税標準を上廻る所得金額の存在が主張立証されれば足るものであるから、右主張は主張自体理由がない。

三、次に本件各決定について判断する。前記二の1に記載したように、原告は本件各事業年度ともに売上の一部を除外し、簿外に仮名預金をなし、利益の一部を脱漏した確定申告書を提出したものと認められ、右の行為は国税通則法第六八条第一項の国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出した行為に該当する。

よって、本件各決定にも原告主張の違法はない。

四、よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三好達 裁判官 時岡泰 裁判官 成瀬正己)

別表(一)

〈省略〉

(注) △印は欠損金額

別表二

〈省略〉

(注)長岡清吉(普通)の(330,000)は前期よりの繰越額。

別表三

(1) 昭和四四年中決算分

〈省略〉

(2) 昭和四五年中決算分

〈省略〉

(3) 昭和四六年中決算分

〈省略〉

別表四

〈省略〉

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